『四谷怪談 祟りの正体』(小池壮彦)
『四谷怪談』といえば、誰でも顔がただれ、片目の潰れた女性の顔を思い出すだろう。
夫に裏切られた「お岩さん」が亡霊となって、夫はじめ自分を裏切った人々を次から次へと祟り殺していく、凄まじい怪談だ。
もともとは江戸時代に似た様な事件が「実際にあった」とされ、四世鶴屋南北が劇化した『東海道四谷怪談』という歌舞伎作品が一般に有名。
それが映画化され、テレビ化され、漫画化され、現代まで長く、代表的な怪談であり続けてきた。
ただ、この『四谷怪談』をもう有名にしたもうひとつの要素が、この物語が「祟る」とされたことだろう。
歌舞伎界には『東海道四谷怪談』を上演する際、役者はそろって東京四谷の「お岩稲荷」(お岩さんを祀っている神社)にお参りに行かなければならない決まりがあるそうだ。
でなければ、お岩さんの祟りがあって、役者に不幸があるのだと。
実際、本書の中ではその「祟り」が数多く紹介されている。役者が亡くなったり、大道具係が亡くなったり、そればかりか役者の妻や娘にまで祟りがあり、病状が悪化したり足が悪くなったりする。
歌舞伎にとどまらず、映画監督や出演者など、映像化しようとしたスタッフにも不可解な出来事が降りかかる。
まことに恐ろしい。本書は別に、その祟りに科学的解釈を加えるようなものではない。実際、この連続する怪事件の数々は、なんらかの解明をするのも恐れ多いほどに、不可解だ。
「お岩さん」は実在したのか? そもそも四谷怪談とは「何」なのか? 江戸の人々は、その怪談に何を思い、どう作り上げてきたのか?
本書はひたすらに「お岩さん」の足跡を追い、その正体を解き明かそうとするものだ。
作者はルポライターだが、舞台研究者・文学研究者よりも詳細な調査を行っており、参考資料としても充分な価値があるが、それ以上に、この本自体が一個の「怪談」として成り立っていて、背筋を震わせてくれる。
ちなみにこの本を読んで、僕ははたと膝を打った。
最近、『東海道四谷怪談』に出演し、不幸に遭った役者を一人、我々は知っている。例の、暴行事件で大怪我を追った若き二枚目役者だ。彼は事件の三ヶ月ほど前、『四谷怪談』でお岩の夫・伊右衛門役を演じている。
そういえば、顔面の骨が陥没したというその傷は、お岩さんを連想させるような……
くわばらくわばら……
『四谷怪談 祟りの正体』は2002年5月刊。学習研究社の「知の冒険シリーズ」で読めますよ。